罪深い次回予告
前回の記事にて、奇跡の次回予告をしてしまったがゆえに始まった花嫁修業もとい料理勉強だが、さっそく記事にする。

勉強とは言いつつも、もちろん机に向かってレシピ本を暗記するわけではない。今回は、どのようにして料理を学んでいくのか。
また、実際に体験してみての感想や今後の展望などについて書いていこうと思う。
弟子入り
今回、料理の師匠となってくれるのは他でもない「母」。
「料理教室に通う」といった大それた選択肢は一瞬も頭をよぎっていないが、やはり我が家の味、そして何より一番身近にあるキッチンという戦場で学ぶのが最善だろうという結論に至った。
もちろん、ただぼんやりと横で眺めて「へー、すごいな」「美味しそうだな」とヨダレを垂らしているだけでは、いつまで経っても成長できない。
そこで、「母が実際に作るのを観ながら、必要なところは動画を撮る。そして最終的には、実際に自分で手を動かしてやってみる」というプロセスを基本ルールとして定めた。
しかし、いざキッチンに並んで立ってみた瞬間に、途方もない壁にぶち当たることになる。
我が師は、長年の経験と直感だけで修羅場をくぐり抜けてきた、「分量を一切測らない、完全なる感覚派」だったのだ。
「醤油はだいたいこれくらい、みりんはフライパンのフチに沿ってサーッとひと回し。あとは良い感じになるまで弱火で煮詰めるだけだから」
「これくらい」そして「良い感じ」。
料理初心者、あるいは実家暮らしの寄生虫にとって、この「良い感じ」ほど恐怖を覚える曖昧な言葉はない。
計量スプーンや「何ミリリットル」という概念が最初から存在しない世界線において、どうやってその技術と秘伝の味を盗めばいいというのか…
文明の利器にすがる
このままでは「母の背中を見て育て」という、昭和の職人スタイルのまま何も身に付かずに終わってしまう。
そう危機感を覚えた俺は、文明の利器をフル活用したお料理勉強システムを構築することにした。
名付けて『実家の味再現メモ』。
その全貌が以下である。
1. 料理中は「全て録音&文字起こし」
調理が始まった瞬間から、スマートフォンは録音をスタートさせる。
母の何気ない呟きや、「あ、ちょっと火が強いな」といったリアルタイムの判断、あるいは「これくらい」という指示の声を基本的にすべて録音し、同時に文字起こしを実行する。

さらに、ただアプリに頼るだけでなく、調理の流れの中で「これは絶対に外せない!」と直感した重要ポイントや、自分自身が手を動かして気づいた感覚は、すかさず自分の手でメモ帳に書き留めていく。




2. 「感覚」を動画データとして網羅する
「サーッとひと回し」や「きつね色になるまで」といった、文字起こしテキストだけでは絶対に再現不可能な“感覚の領域”に関しては、すかさずスマホのカメラを構えて動画を撮影。
手つきや調味料の投入速度、鍋の中の正確な色味やグツグツ感を、最も分かりやすい視覚情報としてそのまま保存する。
3. 完成後の「AI要約&ドッキング」
無事に料理が完成し、美味しく胃袋に収まったら、居残りで自習を行う。
ここが重要。
まずは調理中に生成された膨大な文字起こしデータを読み込み、要約してベースのメモに貼り付ける。

4. AIに丸投げして「完成版メモ」を作成
これら散らばったすべてのデータ(手動メモ、文字起こし要約)を、そのままAIに一括で張り付け、「誰が見ても再現できるように、簡潔にまとめて」と丸投げする。
すると、あのアバウトだった母の「サーッとひと回し」が、ある程度分かりやすいレシピへと翻訳されて出力されるのだ。



5. タイトルは「日付+料理名」でデータベース化
こうしてAIが美しくまとめてくれたテキストを、最終的な『完成版のメモ』として保存。
このとき、メモのタイトルは後から検索しやすいように「[その日の日付]+[料理名]」(例:2026/06/26_肉じゃがコロッケ)というルールで統一することにした。
レシピ本を机の上で暗記するなんてのはもってのほかだが、一緒に料理をするだけよりは我が家の味をなるべく保存できる、なかなか良い勉強法ではないだろうか。
このシステムを引っ提げて挑んだ、記念すべき第1回目のキッチン戦記だが、実際にやってみて分かった感想については、以下で語ることにする。
おもしろいが…
システムを稼働させ、いざ実際に母の横で包丁を握り、フライパンを振ってみた率直な感想。
それは「料理自体は、めちゃくちゃ面白かった」ということだ。
食材が自分の手で切られ、火が通り、調味料と絡み合って一つの料理へと形を変えていくプロセスは、どこか実験のようで純粋にワクワクする。
AIがきれいにレシピを生成してくれたときの達成感も気持ちよかった。
ただ、大満足で完成した料理を頬張りながら、重大な事実に気づいた。
「料理の“楽しいところ”しかやってなくないかあ?」
そうなのだ。
今回は「キッチンに立ったら、すでに食材が揃っていて、作るメニューも決まっている」という、プロのシェフ並みにお膳立てされた環境だったから楽しめただけなのだ。
世の料理というものは、キッチンに立つ遥か手前に「冷蔵庫の残りを把握し、予算や栄養を考えて献立を組み立てる」という超高度な脳内タスクがある。
さらに「スーパーへ足を運び、重い荷物を抱えて帰ってくる」という物理的な労働が存在する。
これらの一見めんどくさく、しかし確実に存在する「目に見えない料理の工程」を、俺はすべてスキップしてしまった。
いわば、美味しいところだけを吸い上げた「いいとこどり」状態。
また、料理が始まってしまえば楽しいし集中できるのだが、正直なところ「よし、やるか」と重い腰を上げて立ち上がるまでが、一番のストレスでありハードルなのだと思い知らされた。
今後の展望
今回の「いいとこどり体験」を経て、俺の花嫁修業は次のようなロードマップで進めていくことに決めた。一歩ずつ、しかし確実に生活力を身に着ける戦略である。
1. 「目に見えない料理」への参入
次回からは、キッチンに立つ前の段階――つまり「献立を考える」ところや、「スーパーへの買い物」のフェーズから一緒に参加し、料理の全体像を勉強していきたい。
2. 週2回程度のローペースを死守
気合を入れすぎて「毎日やる!」などと宣言すれば、3日後には間違いな辞める(確信)
スケジュール的に絶対に無理をしないよう、一キッチンに立つのは週に2回程度を目安にする。
3. タイムリミットは「数年後」
数年後、自分が一人暮らしを始めるその時までに、ある程度料理の形が作れていればそれで万々歳、という超長期計画で挑む。
4. ハードルは低く
数年後の自分に対しても、「完璧にする必要は一切ない」と言い聞かせておく。自炊で飢えを凌げれば合格くらいのゆるいハードルが、継続の何よりのコツのはずだ。
目的の再確認
最後に、今後料理を学んでいくその目的について再確認して終わる。
まず第一は「実家の味を再現するため」
兄や姉同様、遠からぬ将来家を脱出する予定の俺だが、やはり実家の味というのは貴重だと考えている。
おそらくそれは「なくなってはじめて気づく部類のもの」だと思う。奇跡的になくなる前に気づけたのは上の二人のおかげだ。
実家を出た先駆者の存在が、俺にひとにぎりの危機感を植え付け、今回の行動に結びついた。
感謝。
第二としては「自己投資」という言葉が当てはまる。
俺自身、男女問わず「料理ができる人」に対して憧れを持っている。特に学生の身分で一人暮らし、自炊をしている人への尊敬はやむことを知らない。
それならば、一人暮らしとまでは言わないが料理に手を付けてみようという話だ。
なにしろ大学生は暇なのだ。
飽きや失敗など覚悟の上で、興味のあることにはがんがん挑戦していきたい。
「料理ができる人」という定義の曖昧な存在など、いつなれるのかも定かではないが、ひとまず目指すだけ目指してみる。
第三は特にないので終わろうと思う。
また進展があったら記事にするかもしれないし、しないかも分からない。
おまけ
2026/7/4 3738字
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