- テスト勉強用
- 1. 神経・生理心理学とは
- 2. 神経系の分類
- 3. 脳の構造と各部位の役割
- 本日の確認クイズ
- 1. 神経系の基本単位:ニューロンとグリア
- 2. ニューロン内の情報の伝わり方(活動電位)
- 3. ニューロン間の情報伝達(シナプス)
- 4. こころに影響する主な神経伝達物質
- 本日の確認クイズ
- 1. 症例研究(神経心理学の原点)
- 2. 電気生理学的手法
- 3. 脳イメージング(脳の可視化技術)
- 4. 実験的操作法(因果関係の特定)
- 本日の確認クイズ
- 1. 視覚のしくみ
- 2. 視覚の障害
- 3. 聴覚のしくみ
- 4. 聴覚の障害
- 本日の確認クイズ
- 1. 体性感覚のしくみ
- 2. 運動のしくみ
- 3. 感覚・運動の障害
- 本日の確認クイズ
- 1. 言語機能の脳内ネットワーク
- 2. 失語症(Aphasia)の分類
- 3. その他の言語・コミュニケーション障害
- 4. 失語症の検査法
- 本日の確認クイズ
- 1. 情動とは何か?
- 2. 情動を支える脳の仕組み
- 3. 身体と情動の関係:有名な理論
- 4. 内受容感覚と「吊り橋効果」
- 5. 情動の障害
- 本日の確認クイズ
- 1. 注意とは何か?(ボトルネックの概念)
- 2. 注意のさまざまな側面
- 3. 注意を制御する2つの仕組み
- 4. 注意の障害:半側空間無視(USN)
- 5. 注意機能の検査法
- 本日の確認クイズ
- 1. 記憶のプロセス(3つのステージ)
- 2. 時間的側面による分類
- 3. 長期記憶の種類(質的分類)
- 4. 記憶を支える脳部位
- 5. 記憶の障害(健忘症)
- 本日の確認クイズ
- 1. 高次脳機能障害とは
- 2. 代表的な障害のまとめ
- 3. 社会的・心理的な側面
- 4. リハビリテーションのアプローチ
- 本日の確認クイズ
- 1. 統合失調症(Schizophrenia)
- 2. 気分障害:うつ病(Depression)
- 3. 発達障害:ASDとADHD
- 4. 二次障害と早期支援
- 本日の確認クイズ
- 1. 睡眠の構造(レム睡眠とノンレム睡眠)
- 2. 睡眠を調節する2つのプロセス
- 3. 睡眠の役割
- 4. 睡眠障害
- 本日の確認クイズ
- 1. 脳波(EEG)の基礎と特徴
- 2. 代表的な分析法①:事象関連電位(ERP)
- 3. 代表的な分析法②:定常誘発電位(SSVEPなど)
- 4. 代表的な分析法③:時間周波数解析
- 本日の確認クイズ
- 1. 自律神経系と情動
- 2. 代表的な計測指標
- 3. 生理計測の留意点(アーチファクト)
- 4. まとめ:中枢と末梢のネットワーク
- 本日の確認クイズ
- 最後に
テスト勉強用
1. 神経・生理心理学とは
まず、この学問が何を目的としているかを確認しましょう。神経・生理心理学は、知覚、言語、感情、記憶といった「こころの機能」のメカニズムを、生物学的な側面、つまり脳や神経系の働きから明らかにしようとする分野です 。
- 神経心理学:主に脳損傷が生じた患者さんの行動変化を対象とします 。
- 生理心理学:健常者や動物を対象に、神経系の機能が心理に与える影響を研究します 。
2. 神経系の分類
私たちの神経系は、大きく2つに分けられます 。
- 中枢神経系:脳と脊髄から構成されます。全身から送られてくる情報を受け取り、判断・指令を下す「司令塔」です 。
- 末梢神経系:中枢と体の各部を結ぶネットワークです 。
- 体性神経:感覚を伝える「知覚神経」と、筋肉を動かす「運動神経」があります 。
- 自律神経:心拍や消化など、意識せずに行われる機能を調節する「交感神経・副交感神経」からなります 。
3. 脳の構造と各部位の役割
脳は大きく「前脳(大脳・間脳)」「中脳」「菱脳(橋・小脳・延髄)」に分けられます 。
① 大脳皮質(Cerebral Cortex)
脳の表面を覆う部分で、4つの「葉(よう)」に分かれています 。
- 前頭葉:運動指令、計画、注意、言語生成(ブローカ野)などを担います 。前頭前野は感情のコントロールにも重要で、ここを損傷すると人格が変わってしまうこともあります(フィネアス・ゲージの例) 。
- 頭頂葉:体性感覚(皮膚感覚など)の処理や、空間認知、運動の協調に関わります 。
- 側頭葉:聴覚、言語の理解(ウェルニッケ野)、記憶、形の認識などを担当します 。
- 後頭葉:視覚情報の処理を専門に行う領域です 。
② 大脳辺縁系と大脳基底核
脳の深い部分にある領域です。
- 大脳辺縁系:帯状回、海馬(記憶)、扁桃体(情動)などで構成され、本能や感情、記憶に関わります 。
- 大脳基底核:線条体や黒質などを含み、運動の制御や学習、動機づけに関係します 。パーキンソン病はこの部位のドーパミン減少により運動障害が起きる疾患です 。
③ 間脳・脳幹・小脳
- 間脳:感覚の中継地点である「視床」や、自律神経・ホルモンの司令塔である「視床下部」を含みます 。
- 脳幹(中脳・橋・延髄):呼吸や心拍といった生命維持に不可欠な機能を制御します 。
- 小脳:姿勢の維持や、スムーズな運動の調節、運動学習を担います 。
本日の確認クイズ
講義の最後に、理解度を確認するためのクイズです。
【問題】以下の記述のうち、間違っているものはどれでしょうか?
- 中枢神経系は、脳と脊髄から成り立っている。
- 小脳は運動の調整や平衡の維持に重要な役割を果たしている。
- 脳幹は呼吸や心拍などの生命維持機能を制御している。
- 海馬は運動や平衡を制御する役割を果たしている。
(正解:4。海馬は「記憶や空間認知」に関わる部位です 。)


皆様、こんにちは。前回の「中枢神経系の構造」に続き、本日は第2回の講義「神経システムの基礎」を始めます。
資料に基づき、私たちの思考や行動を支えるミクロな仕組み——神経細胞(ニューロン)の働きについて解説していきます 。
1. 神経系の基本単位:ニューロンとグリア
脳は1000億個近い**ニューロン(神経細胞)**で構成されており、これらが回路を形成することで、さまざまな心の機能が生み出されます 。
ニューロンの構造
ニューロンは情報を効率的に伝えるために、特徴的な形をしています 。
- 細胞体:細胞核があり、遺伝情報(DNA)を含んでいます 。
- 樹状突起:他の細胞から情報を受け取る「アンテナ」の役割を果たします 。
- 軸索:情報を他の細胞へ送るための長い突起です 。
- ミエリン鞘(髄鞘):軸索を覆う絶縁体で、電気信号の伝達速度を速めます 。
- ランヴィエの絞輪:ミエリン鞘の間にあり、ここで信号が「跳躍」して伝わることで高速な伝送が可能になります(跳躍伝導) 。
グリア細胞(神経膠細胞)
ニューロンの10倍以上存在し、脳の働きを支える重要な脇役です 。
- 星状グリア(アストロサイト):栄養供給や血液脳関門の形成を担います 。
- ミクログリア:脳内の老廃物の除去や免疫機能を担当します 。
- オリゴデンドロサイト:軸索にミエリン鞘を形成します 。
2. ニューロン内の情報の伝わり方(活動電位)
ニューロン内を電気信号が伝わる現象を「伝導」と呼びます 。
- 静止膜電位:活動していない時、細胞内はマイナス(約-70mV)に保たれています(分極状態) 。
- 脱分極と活動電位:刺激を受けるとナトリウムチャネルが開き、プラスのNa+イオンが流入します 。電位が閾値(約-55mV)を超えると、一気にプラス(約+30〜40mV)に跳ね上がります。これが「活動電位(神経インパルス)」です 。
- 再分極と超分極:その後、カリウムチャネルが開き、K+イオンが流出することで電位が戻ります 。
3. ニューロン間の情報伝達(シナプス)
隣のニューロンへ情報を渡す部位をシナプスと呼びます。ここでは電気信号が「化学物質」に変換されて伝わります 。
- 信号の到着:活動電位が軸索末端に届くと、カルシウムチャネルが開きます 。
- 放出:カルシウムイオンの流入により、シナプス小胞から神経伝達物質が隙間(シナプス間隙)に放出されます 。
- 受容:放出された物質が、次の細胞(シナプス後ニューロン)の受容体に結合します 。
- 反応:これにより、次の細胞で新たな電気信号が発生します 。
4. こころに影響する主な神経伝達物質
シナプスで使われる物質には、それぞれ特有の役割があります 。
- ドーパミン:報酬やモチベーションに関わります。不足するとやる気の低下やパーキンソン病の原因になります 。
- セロトニン:気分を安定させ、衝動を抑制します。うつ病や不安障害に関連します 。
- ノルアドレナリン:ストレス反応や覚醒に関わります 。
- GABA(ガンマ-アミノ酪酸):抑制性の物質で、不安の軽減や睡眠に関わります 。
本日の確認クイズ
最後に、理解度をチェックしましょう。
【問題】活動電位について、正しい記述はどれでしょうか?
- 細胞内のナトリウムイオン濃度が低くなると発生する。
- 電位の変化が閾値を超えなくても発生する。
- 活動電位が発生すると、膜の内側が外側に対して一時的に正(プラス)になる。
- シナプス間隙を飛び越えて、隣の細胞に直接電気として伝わる。
(正解:3。閾値を超えるとNa+が流入し、細胞内がプラスになります 。)
次回の講義では、これらの信号をどのように測定し研究するか、その「方法論」について詳しく見ていきます 。お疲れ様でした。


皆様、こんにちは。本日の「神経・生理心理学」第3回の講義を始めます。
前回の講義では、神経細胞(ニューロン)がいかにして電気信号を伝え、シナプスを介して情報をやり取りするかというミクロな仕組みを学びました 。本日は、そのような脳の働きを私たちはどのようにして「見る」ことができるのか、その**方法論(研究・実験手法)**について解説します 。
1. 症例研究(神経心理学の原点)
脳の一部が損傷した際の行動変化を調べる手法です 。
- 機能局在の発見:ポール・ブローカは、発話に障害のある患者の脳解剖を通じて、左前頭葉の特定の領域(ブローカ野)が言語生成を担うことを突き止めました 。
- 二重解離(Double Dissociation):領域Xが損傷すると機能aが失われ、領域Yが損傷すると機能bが失われることを示すことで、それぞれの機能が独立して特定の部位に存在することを証明する重要な概念です 。
- 分離脳研究:左右の脳をつなぐ「脳梁」を切断した患者の研究(スペリーら)により、右脳と左脳の役割分担(半球局在性)が明らかになりました 。
2. 電気生理学的手法
脳の電気的な活動を直接、あるいは間接的に記録します 。
- 単一細胞記録:マイクロ電極を脳内に挿入し、個々のニューロンがどのような刺激に反応するかを調べます。ヒューベルとウィーセルによる猫の視覚皮質の研究が有名です 。
- 脳波(EEG):頭皮に電極を貼り、脳全体の微弱な電気活動を記録します 。
- 利点:ミリ秒単位の非常に高い「時間解像度」を持ちます 。
- 特徴量:周波数解析(α波、β波など)や、特定の刺激に反応する「事象関連電位(ERP)」などが用いられます 。
3. 脳イメージング(脳の可視化技術)
脳の構造(かたち)や機能(働き)を画像として捉えます 。
- MRI(磁気共鳴画像法):強力な磁場とラジオ波を使い、脳の精緻な構造を映し出します 。
- fMRI(機能的MRI):血液中の酸素状態の変化(BOLD信号)を計測し、脳のどの部位が活動しているかを調べます 。
- 特徴:どこが活動しているかを知る「空間解像度」に優れていますが、血流変化を測るため、神経活動そのものより数秒の遅れが生じます 。
- PET(陽電子放射断層撮影):放射性物質を投与し、脳の代謝活動や神経伝達物質の受容体の状態を可視化します 。
- CT(コンピュータ断層撮影):X線を用いて脳の断面図を作成します 。
4. 実験的操作法(因果関係の特定)
特定の部位を刺激したり、一時的に機能を止めたりすることで、その部位の役割を検証します 。
- 光遺伝学(オプトジェネティクス):光に反応するタンパク質をニューロンに導入し、光の照射によって特定の神経細胞の活動を自在に操作する最新技術です 。
- 一過性阻害:薬物(受容体拮抗剤など)を用いて、一時的に特定の機能を停止させ、行動への影響を調べます 。
本日の確認クイズ
(講義資料より抜粋 )
【問題】脳機能計測法に関する以下の記述のうち、間違っているものはどれでしょうか?
- fMRIは、脳の神経活動に伴う血流変化を測定する非侵襲的な手法である。
- PETスキャンは、放射性同位元素を使用して脳の代謝活動などを測定する。
- CTスキャンは、強力な磁場を使用して脳の解剖学的構造を可視化する。
- EEGは、頭皮上の微弱な電流を記録する時間解像度の高い手法である。
(正解:3。磁場を使うのはMRIであり、CTはX線を使用します 。)
今回の講義で、脳を調べるための「目」となる様々な道具について理解できたかと思います。次回からは、これらの手法を使って明らかになった「視覚・聴覚」などの具体的な心の機能について学んでいきましょう。お疲れ様でした。


皆様、こんにちは。本日の「神経・生理心理学」第4回の講義を始めます。
これまでの3回で、脳の構造、ニューロンの働き、そして研究手法について学んできました。今回からは具体的な「機能」の話に入ります。テーマは**「視覚・聴覚のしくみと障害」**です。私たちが外の世界をどのように捉え、それが損なわれるとどうなるのかを解説します。
1. 視覚のしくみ
視覚は、私たちが外部から得る情報の約8割を占めると言われる非常に重要な感覚です。
① 眼球から脳への経路
光は眼球の網膜にある視細胞(桿体・錐体)で電気信号に変換されます。
- 視神経交叉:左右の眼からの情報は、一部が脳の付け根で交差します。これにより、左側の視界は右脳へ、右側の視界は左脳へと送られます。
- 外側膝状体(LGN):間脳の視床にある中継地点です。
- 一次視覚野(V1):後頭葉にあり、ここで初めて「線」や「向き」などの基本情報が処理されます。
② 二つの視覚路(「何」と「どこ」)
V1で処理された情報は、さらに2つのルートに分かれて高度な処理が行われます。
- 背側路(Dorsal stream):「どこ(Where)経路」。後頭葉から頭頂葉へ向かい、物体の位置や動きを把握します。
- 腹側路(Ventral stream):「何(What)経路」。後頭葉から側頭葉へ向かい、物体の形や色、顔などを認識します。
2. 視覚の障害
脳の損傷部位によって、見え方に特殊な障害が現れます。
- 半盲・四半盲:視覚路の損傷により、視界の半分や4分の1が欠けます。
- 視覚失認:物体は見えている(描ける)のに、それが「何か」が分からない状態(腹側路の損傷)。
- 相貌失認:個人の顔の識別ができなくなる障害(右側頭葉の紡錘状回付近の損傷)。
3. 聴覚のしくみ
聴覚は、空気の振動を音として捉える仕組みです。
① 耳の構造
- 外耳・中耳:鼓膜を振動させ、耳小骨でその振動を増幅します。
- 内耳(蝸牛):リンパ液の振動を、基底膜上の有毛細胞が電気信号に変えます。
- 部位局在性(トノトピー):蝸牛の入り口付近は高い音、奥の方は低い音に反応するように場所ごとに役割が決まっています。
② 聴覚伝導路
信号は蝸牛神経から橋、中脳(下丘)、視床(内側膝状体)を経て、側頭葉にある一次聴覚野に到達します。
4. 聴覚の障害
障害が起きる部位によって大きく3つに分類されます。
- 伝音難聴:外耳や中耳(鼓膜や耳小骨)のトラブル。音が伝わりにくくなりますが、補聴器で増幅すれば聞こえることが多いです。
- 感音難聴:内耳(蝸牛)や聴神経の障害。特定の高さの音が聞こえにくくなったり、言葉の聞き分けが困難になります。
- 混合性難聴:上記の両方が原因となるもの。
本日の確認クイズ
【問題】視覚の「腹側路(What経路)」が損傷した際に起こりやすい症状はどれでしょうか?
- 目の前にある物体の位置が掴めず、手を伸ばしても空振る。
- 物体の形は見えているが、それが「ハサミ」であると認識できない。
- 視界の左半分が全く見えなくなる。
- 動いている物体だけが見えなくなる。
(正解:2。腹側路は「何であるか」を認識する経路であるため、視覚失認が生じます。1は背側路の損傷で見られる症状です。)
視覚や聴覚のプロセスを知ることは、私たちの認識がいかに脳の精密な計算に基づいているかを理解する第一歩です。次回は、自分の体を動かす「運動」と、皮膚で感じる「体性感覚」について学びます。


皆様、こんにちは。本日の「神経・生理心理学」第5回の講義を始めます。
今回のテーマは**「体性感覚と運動のしくみと障害」**です。私たちはどのようにして自分の体に触れる感覚や痛みを感じ、そして思い通りに体を動かしているのか。その神経メカニズムを紐解いていきましょう。
1. 体性感覚のしくみ
体性感覚とは、視覚や聴覚のような特定の感覚器(目や耳)だけでなく、全身の皮膚や筋肉から得られる感覚の総称です。主に以下の3つに分けられます。
- 皮膚感覚:触覚(触れる)、圧覚(押される)、温痛覚(温度や痛み)。
- 深部感覚(固有感覚):筋肉や関節の状態から、体の位置や動きを感じる感覚。
- 内臓感覚:吐き気や内臓の痛みなど。
脳への伝導路
体で感じた刺激は、脊髄を通って脳へ伝わりますが、情報の種類によってルートが異なります。
- 後索・内側毛帯路:識別的な触圧覚や深部感覚が通るルート。
- 脊髄視床路:温痛覚や粗大な触圧覚が通るルート。 これらは途中で左右が入れ替わり(交叉)、反対側の脳にある**一次体性感覚野(S1)**へと到達します。
ホムンクルス(脳の中のこびと)
一次体性感覚野には、体の各部位に対応するマップがあります。面白いのは、その面積が体の実際の大きさではなく、「感度の鋭さ」に比例している点です。手や顔(特に唇)に対応する領域は非常に広く、背中などは狭くなっています。
2. 運動のしくみ
私たちが「手を動かそう」と決めてから、実際に筋肉が動くまでのプロセスです。
① 運動の指令塔:一次運動野(M1)
前頭葉にあり、筋肉へ直接的な運動指令を出します。ここにも体性感覚野と同様の「運動ホムンクルス」が存在します。
② 運動の調節:大脳基底核と小脳
- 大脳基底核:運動の開始や停止、スムーズな切り替えを調節します。
- 小脳:運動の細かなタイミングやバランス、誤差の修正(運動学習)を担います。
③ 下行路(錐体路)
運動野からの指令は、延髄の錐体と呼ばれる場所で左右が交叉し(錐体交叉)、脊髄を通って手足の筋肉へ伝わります。
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3. 感覚・運動の障害
神経系のどこが傷つくかによって、さまざまな症状が現れます。
- 感覚障害:しびれや、痛み・温度が分からなくなる状態。
- 運動麻痺:
- 片麻痺:脳卒中などで脳の片側が損傷し、反対側の半身が動かなくなる。
- 截断(せつだん)麻痺:脊髄の損傷部位より下が動かなくなる。
- 失認と失行:
- 触覚失認:手に触れているものが何であるか、触っただけでは分からない(頭頂葉の損傷)。
- 失行:筋力はあるのに、ハサミを使うといった「慣れた動作」ができなくなる。
- 不随意運動:自分の意志に反して体が動いてしまう現象(震えなど)。大脳基底核の障害であるパーキンソン病などが代表例です。
本日の確認クイズ
【問題】脳の「一次体性感覚野」における「ホムンクルス(マップ)」について、正しい記述はどれでしょうか?
- 体の表面積が大きい部位ほど、脳内での対応領域も広い。
- 足の指に対応する領域は、顔に対応する領域よりも広い。
- 手や唇など、感覚が鋭く繊細な部位ほど、脳内での対応領域が広い。
- 全身の部位が、脳内で均等な面積に割り振られている。
(正解:3。感覚の鋭敏さに応じて、脳内の担当面積が決まっています。)
今日の講義で、私たちの体と脳がいかに密接につながっているかが理解できたかと思います。次回は、人間にとって極めて重要な機能である「言語のしくみ」について学びます。お疲れ様でした。


皆様、こんにちは。本日の「神経・生理心理学」第6回の講義を始めます。
今回のテーマは、人間を人間たらしめている高度な機能、**「言語のしくみと障害」**です。私たちはどのように言葉を理解し、話し、そして脳の損傷によってそれがどう損なわれるのかを解説します。
1. 言語機能の脳内ネットワーク
言語処理は主に左半球(利き手が右の人の約95%以上)が担当しています。
① ブローカ野(Broca’s area)
- 場所:左前頭葉の下前頭回。
- 役割:言葉を「作る(産生)」司令塔。文法を組み立てたり、発音のための運動プログラムを作ったりします。
② ウェルニッケ野(Wernicke’s area)
- 場所:左側頭葉の上側頭回後部。
- 役割:言葉を「理解する」センター。聞いた音を意味のある言葉として認識します。
③ 弓状束(Arcuate fasciculus)
- 役割:ウェルニッケ野(理解)とブローカ野(産生)を結ぶ太い神経線維の束です。聞いた言葉をそのまま復唱する際に重要です。
2. 失語症(Aphasia)の分類
脳の損傷部位によって、言葉の不自由さは大きく異なります。代表的な3つのタイプを見てみましょう。
| 失語のタイプ | 損傷部位 | 発話(話す) | 理解(聞く) | 復唱 |
| ブローカ失語 | 前頭葉 | 非流暢(とつとつと話す) | 良好 | 不良 |
| ウェルニッケ失語 | 側頭葉 | 流暢(言い間違いが多い) | 不良 | 不良 |
| 伝導失語 | 弓状束 | 流暢 | 良好 | 著しく不良 |
- ブローカ失語:言いたいことは分かっているのに、言葉がスムーズに出てこない状態です(運動性失語)。
- ウェルニッケ失語:喋りは滑らかですが、意味をなさない「語性錯語」や「ジャルゴン(意味不明な言葉)」が多く、相手の話も理解できません(感覚性失語)。
- 伝導失語:話すのも聞くのも概ねできますが、「聞いたことをそのまま真似して言う(復唱)」ことだけが極端に難しくなります。
3. その他の言語・コミュニケーション障害
- 純粋語聾(じゅんすいごろう):音としては聞こえているが、それが「言葉」として認識できない状態。
- 失読・失書:文字が読めなくなる、あるいは書けなくなる障害。
- 右半球損傷によるコミュニケーション障害:言葉そのものの意味は分かっても、文脈や冗談、比喩、相手の表情から感情を読み取ることが難しくなります。
4. 失語症の検査法
臨床現場では、患者さんがどのタイプの障害を持っているかを正確に評価するために以下の検査がよく使われます。
- SLTA(標準失語症検査):日本で最も一般的な検査。「聴く・話す・読む・書く・計算」の5側面を網羅的に調べます。
- WAB失語症検査:失語症のタイプ分類や重症度(失語指数:AQ)を算出するのに優れています。
本日の確認クイズ
【問題】ウェルニッケ失語の特徴として、正しいものはどれでしょうか?
- 言葉を話そうとしても、たどたどしく、短い言葉しか出ない。
- 言葉は流暢に出てくるが、言い間違いが多く、相手の話の理解も難しい。
- 言葉の理解は完璧だが、聞いたことをそのまま繰り返す(復唱)ことができない。
- 文字を書くことはできるが、読むことだけが全くできない。
(正解:2。ウェルニッケ失語は「流暢だが理解が困難」なのが特徴です。1はブローカ失語、3は伝導失語の説明です。)
言語はコミュニケーションの核となる機能です。脳の一部が傷つくことで「話せるのに意味が通じない」といった不思議な現象が起きることは、言語がいかに複雑な脳内ネットワークに支えられているかを物語っています。


皆様、こんにちは。本日の「神経・生理心理学」第7回の講義を始めます。
今回のテーマは**「情動(じょうどう)のしくみと障害」**です。私たちはなぜ喜び、怒り、悲しむのか。そして、その心の動きは脳や体とどのように連動しているのかを解説します。
1. 情動とは何か?
心理学において、一時的で急激な感情の動きを**情動(Emotion)**と呼びます。これには以下の3つの側面が伴います。
- 生理的反応:ドキドキする(心拍上昇)、手に汗を握るなど。
- 行動的反応:逃げる、殴る、笑顔を見せるなど。
- 主観的体験:悲しい、怖いといった本人の主観的な気持ち(感情)。
2. 情動を支える脳の仕組み
情動の司令塔は、脳の深い部分にある大脳辺縁系です。
- 扁桃体(Amygdala):情動、特に「恐怖」や「不安」の処理に中心的な役割を果たします。外界の刺激を瞬時に「危険かどうか」評価します。
- 海馬:情動を伴う記憶に関わります。
- 前頭前野(腹側・眼窩部):湧き上がった情動を抑えたり、社会的に適切な行動を選択したりする「ブレーキ」の役割を果たします。ここを損傷すると、衝動を抑えられなくなることがあります。
3. 身体と情動の関係:有名な理論
「悲しいから泣くのか、泣くから悲しいのか」という問いに対し、歴史的にいくつかの説が提唱されました。
- ジェームズ・ランゲ説(末梢起源説) 「泣くから悲しい」。刺激に対してまず身体反応(涙が出る、震える)が起こり、それを脳が知覚することで感情が生じるという考え方です。
- キャノン・バード説(中枢起源説) 「悲しいのと泣くのは同時」。刺激が視床に入り、そこから脳(感情)と体(反応)へ同時に指令が送られるという考え方です。
- シャクター・シンガーの二要因論 「身体反応」+「その原因の解釈(ラベリング)」の両方が揃って初めて特定の感情が決まるという説です。
4. 内受容感覚と「吊り橋効果」
最近の研究では、**内受容感覚(身体内部の状態を感じる力)**が情動の強さに影響することがわかっています。
- 吊り橋効果:高い吊り橋を渡る恐怖による「ドキドキ」を、一緒にいる相手への「ときめき」だと脳が勘違い(誤帰属)してしまう現象です。これはシャクターらの理論を裏付ける有名な例です。
5. 情動の障害
- クルーヴァー・ビューシー症候群:扁桃体を含む側頭葉前部を両側性に損傷すると、恐怖を感じなくなる、何でも口に入れる、性的な異常行動が見られるといった症状が現れます。
- 高次脳機能障害による情動制御困難:前頭葉の損傷により、イライラしやすくなったり、感情の起伏が激しくなったりします。
本日の確認クイズ
【問題】恐怖や不安の処理に最も深く関わり、危険を察知する脳の部位はどこでしょうか?
- 海馬
- 扁桃体
- 視覚野
- 小脳
(正解:2。扁桃体は情動反応のエグゼクティブ・センターです。)
情動は私たちが生き抜くための「生存スイッチ」でもあります。しかし、それが過剰に反応したり、逆に抑制が効かなくなったりすると、社会生活に支障をきたすこともあります。


皆様、こんにちは。本日の「神経・生理心理学」第8回の講義を始めます。
今回のテーマは**「注意のしくみと障害」**です。私たちは膨大な情報に囲まれて生きていますが、そのすべてを処理することはできません。必要な情報を選び出し、集中するための「注意」という脳の機能について解説します。
1. 注意とは何か?(ボトルネックの概念)
私たちの脳の処理能力には限界があります。ブロードベントのフィルタモデルによれば、注意は「ボトルネック(瓶の首)」のような役割を果たしており、入ってくる膨大な情報の中から、重要なものだけを通過させ、残りを遮断することで脳のオーバーフローを防いでいます。
2. 注意のさまざまな側面
「注意」と言っても、心理学的にはいくつかの異なる機能に分けられます。
- 選択的注意:多くの情報の中から、特定の刺激(例:カクテルパーティーでの話し相手の声)だけを選び出す能力。
- 持続的注意:一つの作業に集中し続ける能力(覚醒水準の維持)。
- 配分性注意:複数のことを同時に行う能力(例:運転しながら会話する)。
- 転換性注意:集中する対象を素早く切り替える能力。
3. 注意を制御する2つの仕組み
脳が注意を向ける際、2つの異なるプロセスが働いています。
- ボトムアップ型(受動的注意):大きな音や派手な色など、外からの強い刺激に思わず注意を引かれる反応。
- トップダウン型(能動的注意):自分の目的や意志(例:人混みで友人を探す)に基づいて、特定の情報を探す反応。
4. 注意の障害:半側空間無視(USN)
注意の障害として最も有名なものの一つが、半側空間無視です。
- 症状:視力には問題がないのに、損傷した脳の反対側(多くは左側)にあるものを見落としてしまう障害です。
- 原因:主に右の頭頂葉の損傷で起こります。
- 具体例:食事の際に左側のおかずだけ残す、左側の壁にぶつかる、時計の絵を描くと右半分しか数字を書かないといった現象が見られます。
5. 注意機能の検査法
注意力を客観的に測るために、臨床では以下のような検査が行われます。
- TMT(トレイルメイキングテスト):バラバラに配置された数字や文字を順番に線で結ぶテスト。注意の持続や切り替えを評価します。
- ストループ課題:色の名前(例:「あか」)が、それとは異なる色(例:青色)で書かれている際、文字の意味ではなく「インクの色」を答えるテスト。葛藤の抑制や選択的注意を測ります。
- CAT(標準注意検査法):日本で開発された、注意の各側面を網羅的に評価する検査パッケージです。
本日の確認クイズ
【問題】右脳の頭頂葉を損傷した患者さんが、目の前にある食事の左半分を全く食べないという行動をとりました。この症状として最も適切なものはどれでしょうか?
- 視覚失認
- 半側空間無視
- 伝音難聴
- ブローカ失語
(正解:2。視覚そのものの障害ではなく、左側の空間に対する「注意」が向かなくなる症状です。)
注意は、記憶や学習、言語といったあらゆる知的活動の「土台」となる機能です。ここが損なわれると、生活のあらゆる場面で困難が生じます。



皆様、こんにちは。本日の「神経・生理心理学」第9回の講義を始めます。
今回のテーマは、私たちのアイデンティティの根幹とも言える**「記憶のしくみと障害」**です。覚えたことがどのように脳に保存され、なぜ忘れ去られてしまうのか、そのプロセスを詳しく見ていきましょう。
1. 記憶のプロセス(3つのステージ)
記憶が成立するためには、以下の3つの段階が必要です。
- 記銘(符号化):情報を覚え込むこと。
- 保持(貯蔵):覚えた情報を維持すること。
- 想起(検索):必要な時に情報を思い出すこと。 ※「忘却」は、これらのプロセスのどこかに不具合が生じることで起こります。
2. 時間的側面による分類
記憶は、保持される時間の長さによって大きく3つに分けられます。
- 感覚記憶:目や耳に入った情報を数秒(0.5〜数秒)だけ保持する、最も短い記憶です。
- 短期記憶 / ワーキングメモリ:数十秒程度の短い保持。単に保持するだけでなく、情報を処理する機能を「ワーキングメモリ(作業記憶)」と呼びます(例:暗算をする際の数字の保持)。
- 長期記憶:数日、数年、あるいは一生保持される記憶です。
3. 長期記憶の種類(質的分類)
長期記憶は、さらにその内容によって細かく分類されます。
① 宣言的記憶(言葉にできる記憶)
- エピソード記憶:自分自身の個人的な体験(例:昨日の夕飯に何を食べたか)。「いつ、どこで」という文脈を伴います。
- 意味記憶:一般的な知識や事実(例:日本の首都は東京)。文脈を伴わない「知識」です。
② 非宣言的記憶(言葉で説明しにくい記憶)
- 手続き記憶:体で覚えた技術や習慣(例:自転車の乗り方、楽器の演奏)。
- プライミング:以前の経験が、意識しないうちに後の行動に影響を与えること。
4. 記憶を支える脳部位
記憶には脳の広範囲が関わりますが、特に重要なのが海馬を中心とした「パペッツの回路」です。
- 海馬:新しいエピソード記憶を形成する際に不可欠な部位です。
- 側頭葉:意味記憶の貯蔵に深く関わります。
- 前頭葉:ワーキングメモリや、記憶の「検索・管理」を担います。
5. 記憶の障害(健忘症)
脳損傷によって起こる記憶障害を**健忘(Amnesia)**と呼びます。
- 前向性健忘:受傷「以降」の新しい出来事が覚えられなくなる障害。海馬の損傷でよく見られます。
- 逆向性健忘:受傷「以前」の記憶を思い出せなくなる障害。
有名な症例:H.M.氏 てんかんの治療のために両側の海馬を切除したH.M.氏は、術後の新しい出来事を一切覚えられなくなりました(重度の前向性健忘)。しかし、パズルを解くといった「手続き記憶」は上達していきました。このことから、記憶には複数のシステムがあることが証明されました。
本日の確認クイズ
【問題】自転車の乗り方やピアノの演奏技術など、繰り返し練習することで身につく、言葉で説明しにくい記憶を何と呼ぶでしょうか?
- 意味記憶
- エピソード記憶
- 手続き記憶
- ワーキングメモリ
(正解:3。スキルや習慣としての記憶は「手続き記憶」に分類されます。)
記憶は単一の機能ではなく、複数のシステムが協力し合っています。次回は、この続きとして「高次脳機能障害」全般、および記憶の評価方法について詳しく解説します。

皆様、こんにちは。本日の「神経・生理心理学」第10回の講義を始めます。
今回のテーマは**「高次脳機能障害」**です。これまで学んできた知覚、言語、記憶、注意といった機能が、病気や事故による脳損傷によって損なわれたとき、日常生活にどのような支障が出るのか、そしてそれらにどう向き合うのかを統合的に解説します。
1. 高次脳機能障害とは
「高次脳機能」とは、知覚や運動といった基本的な機能の土台の上に成り立つ、言語、思考、学習、感情制御、意思決定などの人間らしい複雑な知的活動を指します。
これらが脳損傷(脳血管障害、交通事故による頭部外傷、脳炎など)によって障害された状態が「高次脳機能障害」です。外見からは分かりにくいため、**「見えない障害」**とも呼ばれます。
2. 代表的な障害のまとめ
これまでの講義で触れたものも含め、高次脳機能障害には以下のようなものがあります。
- 記憶障害:新しいことが覚えられない(前向性健忘)、過去を思い出せない(逆向性健忘)。
- 注意障害:一つのことに集中できない、同時に二つのことができない、ミスが増える。
- 遂行機能障害(実行機能障害):計画を立てる、優先順位をつける、効率よく物事を進めることができなくなる。
- 社会的行動障害:感情のコントロールが効かない(易怒性)、意欲がわかない、場に不適切な行動をとる。
- 失認・失行:
- 失認:見えているのにそれが何か分からない(視覚失認)、空間の半分を無視する(半側空間無視)。
- 失行:麻痺はないのに、道具の使い方が分からなくなる。
- 地誌的障害:慣れた道で迷う、地図が読めなくなる。
3. 社会的・心理的な側面
高次脳機能障害の大きな特徴は、本人が障害を自覚することが難しい**「病態失認」**を伴うことが多い点です。
- 家族の負担:性格が変わったように見えたり、指示がないと動けなかったりする本人に対し、周囲が心身ともに疲弊してしまうことが多々あります。
- 社会復帰の壁:身体的な麻痺がなくても、職場のルールを守れない、マルチタスクがこなせないといった理由で離職を余儀なくされるケースがあります。
4. リハビリテーションのアプローチ
一度損なわれた神経細胞を元に戻すことは困難ですが、残された機能を活用して生活の質を上げる工夫(代償手段)が重要です。
- 環境調整:集中しやすいよう静かな環境を整える、物の配置を固定する。
- 外的代償法:メモ帳、スケジュール表、スマートフォンのアラーム、ToDoリストなどを活用して、記憶や注意の欠如を補う。
- 手続き学習:何度も繰り返すことで、無意識に体が動く(手続き記憶)レベルまで動作を定着させる。
- 社会的技能訓練(SST):対人関係のルールや適切な反応を練習する。
本日の確認クイズ
【問題】高次脳機能障害のうち、「計画を立てて順序よく物事を実行することが難しくなる」障害を何と呼ぶでしょうか?
- 記憶障害
- 遂行機能障害(実行機能障害)
- 失語症
- 半側空間無視
(正解:2。前頭葉などの損傷により、目標に向かって効率よく行動を制御できなくなる状態です。)
高次脳機能障害は、単なる「脳の故障」ではなく、その人の「生活」や「人生」に直結する課題です。リハビリテーションの目標は、単なる機能回復ではなく、障害を持ちながらもその人らしく社会で生きていくための仕組みづくりにあります。


皆様、こんにちは。本日の「神経・生理心理学」第11回の講義を始めます。
今回のテーマは**「精神疾患のタイプと神経メカニズム」**です。これまでは主に「脳の損傷」による障害を扱ってきましたが、今回は脳の「機能的なアンバランス」や「発達特性」に起因する精神疾患・発達障害について、脳科学の視点から解説します。
1. 統合失調症(Schizophrenia)
思考や知覚の歪みを特徴とする疾患です。
- 主な症状:幻覚(特に幻聴)、妄想、意欲の低下、思考のまとまりのなさ。
- 神経メカニズム(ドーパミン仮説):
- 脳内の中脳辺縁系におけるドーパミンの過剰放出が、幻覚や妄想(陽性症状)を引き起こすと考えられています。
- 一方で、前頭葉でのドーパミン不足が、意欲低下(陰性症状)に関わっているという説もあります。
2. 気分障害:うつ病(Depression)
気分が強く落ち込み、何事にも興味が持てなくなる状態です。
- モノアミン仮説:脳内の神経伝達物質であるセロトニンやノルアドレナリンが不足することで、意欲や情緒の安定が損なわれるという考え方です。
- 脳部位の変化:扁桃体(不安・恐怖)の過活動や、前頭前野(思考・抑制)の活動低下が認められることがあります。
3. 発達障害:ASDとADHD
脳の発達段階で生じる特性によるものです。
① 自閉スペクトラム症(ASD)
- 特徴:対人関係の難しさ、こだわり、感覚特性(感覚過敏や感覚鈍麻)。
- 感覚過敏:特定の音が苦痛(聴覚過敏)、服のタグが痛い(触覚過敏)など、脳が刺激を過剰に処理してしまう状態です。逆に痛みを感じにくい「感覚鈍麻」が見られることもあります。
② 注意欠陥多動性障害(ADHD)
- 特徴:不注意、多動性、衝動性。
- 神経メカニズム:報酬や実行機能を司る前頭前野や線条体におけるドーパミンやノルアドレナリンの働きが不十分であることが関係しているとされています。
4. 二次障害と早期支援
発達障害そのものが問題というよりも、周囲の理解が得られず「努力不足」と責められたり、失敗が続いたりすることで、適応障害やうつ病などの二次障害を併発することが大きな課題です。
- カモフラージュ(擬態):特に女性のASDの場合、社会的に適応しようとして自閉的特徴を必死に隠す傾向があり、発見が遅れて大人になってから二次障害に苦しむケースも報告されています。
本日の確認クイズ
【問題】脳内の「ドーパミン」が過剰に活動することで、幻覚や妄想が生じると考えられている疾患はどれでしょうか?
- アルツハイマー型認知症
- 統合失調症
- 筋萎縮性側索硬化症(ALS)
- 感音難聴
(正解:2。ドーパミンの過活動が陽性症状に関わるとされています。)
精神疾患や発達障害は、「心の持ちよう」ではなく、脳の神経伝達やネットワークの特性に深く関わっています。これらを理解することは、適切な支援や治療法を選択する上で不可欠です。
次回は第12回「睡眠と生体リズム」について学びます。私たちの心身の健康を守る「眠り」の科学に迫りましょう。



皆様、こんにちは。本日の「神経・生理心理学」第12回の講義を始めます。
本日のテーマは、私たちの生活の約3分の1を占める**「睡眠の生理」**です。なぜ眠る必要があるのか、眠っている間に脳では何が起きているのかを、生理学的な観点から詳しく解説します。
1. 睡眠の構造(レム睡眠とノンレム睡眠)
睡眠は一様な状態ではなく、性質の異なる2つの状態が約90分のサイクルで繰り返されます。
- ノンレム睡眠(非レム睡眠):
- 脳の眠りと言われ、脳の活動が低下し、休息している状態です。
- 深さに応じてステージ1〜3に分けられ、ステージ3は「徐波睡眠(深い眠り)」と呼ばれます。
- レム睡眠(REM睡眠):
- 体の眠りと言われ、筋肉の緊張は消失していますが、脳は活発に活動しています。
- 急速眼球運動(Rapid Eye Movement)が見られ、鮮明な「夢」を見るのは主にこの時期です。
- 記憶の整理や固定に関わると考えられています。
2. 睡眠を調節する2つのプロセス
私たちが夜になると自然に眠くなり、朝に目が覚めるのは、2つの仕組みが相互に働いているからです(睡眠調節の2プロセスモデル)。
- 恒常性維持(プロセスS):
- 起きている時間が長くなるほど「睡眠負債」が溜まり、眠気が強くなる仕組みです。
- 体内時計(プロセスC):
- 脳の**視床下部(視交叉上核)**にある体内時計が、時刻に合わせて覚醒と睡眠のリズムを作ります。夜になると「メラトニン」というホルモンが分泌され、入眠を促します。
3. 睡眠の役割
睡眠は単なる休息以上の重要な役割を担っています。
- 脳と体の修復:成長ホルモンの分泌により、組織の修復や免疫機能の維持が行われます。
- 記憶の統合:その日に学習した内容を長期記憶として定着させ、不要な情報を整理します。
- 老廃物の除去:近年、睡眠中に脳内の老廃物(アミロイドβなど)が洗い流される仕組み(グリンパティック系)が注目されています。
4. 睡眠障害
現代社会では多くの人が睡眠のトラブルを抱えています。
- 不眠症:入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒など。不安やうつ症状との強い相関が報告されています。
- 睡眠時無呼吸症候群(SAS):睡眠中に呼吸が止まり、深い眠りが妨げられる障害。
- ナルコレプシー:日中に強い眠気に襲われたり、感情の動揺で力が抜ける「情動脱力発作」が見られたりします。脳内の覚醒維持物質「オレキシン」の欠乏が原因です。
本日の確認クイズ
【問題】睡眠の構造について、正しい記述はどれでしょうか?
- レム睡眠中は、脳も体も完全に休止している。
- ノンレム睡眠の深い段階(徐波睡眠)は、一晩の後半(明け方)に多く出現する。
- 体内時計の司令塔は、視床下部の視交叉上核にある。
- メラトニンは、朝日を浴びることで分泌が促進される。
(正解:3。1は脳が活動中、2は深い眠りは前半に多い、4は暗くなると分泌されるため、いずれも誤りです。)
睡眠不足は、前回の講義で学んだような精神疾患(うつ病など)のリスクを高めるだけでなく、集中力や判断力を著しく低下させます。


皆様、こんにちは。本日の「神経・生理心理学」第13回の講義を始めます。
本日はこれまでの総仕上げに近い内容となります。テーマは**「脳波研究」**です。第3回で脳波(EEG)の基本的な概要に触れましたが、今回はさらに踏み込んで、脳波で何が分かり、どのような分析手法があるのかを詳しく解説します。
1. 脳波(EEG)の基礎と特徴
脳波は、頭皮上に配置した電極から、脳内の神経細胞(ニューロン)が集団で活動する際に生じる微弱な電位変化を記録したものです。
- 時間解像度の高さ:ミリ秒(1000分の1秒)単位の素早い変化を捉えることができます。これは、血流変化を追うfMRIよりも圧倒的に優れている点です。
- 周波数成分:脳波は、その振動の速さ(周波数)によって、私たちの状態(覚醒、リラックス、睡眠など)を反映します。
- $\alpha$波(8-13Hz):安静・閉眼時に後頭部で優位になる、リラックスした状態の波。
- $\beta$波(14-30Hz):活発な思考や集中、緊張している時の波。
- $\theta$波(4-7Hz):まどろみ、深いリラックス、あるいは記憶の処理中に出現。
- $\delta$波(0.5-3Hz):深い睡眠(ノンレム睡眠)時に見られる大きな波。
2. 代表的な分析法①:事象関連電位(ERP)
特定の刺激(音や光など)が提示された際に、それに同期して生じる脳電位の変化を**事象関連電位(ERP)**と呼びます。
- 加算平均:脳波には常にノイズが含まれているため、同じ刺激を何度も繰り返し、その反応を重ね合わせて平均することで、特定の刺激に対する純粋な反応を取り出します。
- 成分の例:
- P300(P3):刺激提示から約300ミリ秒後に出現するプラスの波。珍しい刺激を見つけた時や、注意を向けた時に大きくなります。
- N170:刺激提示から約170ミリ秒後に出現するマイナスの波。「顔」の認識に特異的に反応することで知られています。
3. 代表的な分析法②:定常誘発電位(SSVEPなど)
一定の周波数で点滅する光などを長時間見続けると、脳の視覚野がそのリズムに同調して活動を始めます。これを**定常的視覚誘発電位(SSVEP)**と呼びます。
- 注意の指標:複数の点滅刺激がある中で、特定の刺激に「注意を向ける」と、その周波数のSSVEPの振幅が大きくなります。これを利用して、被験者がどこを見ているかを推定することも可能です。
4. 代表的な分析法③:時間周波数解析
脳波の「どの周波数」が「いつ」強くなったかをカラーマップで可視化する手法です(ウェーブレット変換など)。
- 事象関連脱同期(ERD):特定の活動を始めた際に、ある周波数帯域のパワーが減少すること(例:運動を始めるときの$\mu$リズムの抑制)。
- 事象関連同期(ERS):逆にパワーが増加すること。
本日の確認クイズ
【問題】脳波の成分の中で、安静・閉眼時に優位に出現し、リラックス状態の指標とされるものはどれでしょうか?
- $\beta$(ベータ)波
- $\theta$(シータ)波
- $\alpha$(アルファ)波
- $\delta$(デルタ)波
(正解:3。目を閉じてリラックスすると後頭部から$\alpha$波が強く出ます。)
脳波は、私たちが意識にのぼる前のわずかな脳の反応を可視化してくれます。これは「こころ」の動きをミリ秒単位で解明しようとする生理心理学において、非常に強力な武器となります。
全13回の講義を通して、脳という物理的な装置がいかにして私たちの思考、感情、行動、そして眠りまでも司っているかを学んできました。


皆様、こんにちは。本日の「神経・生理心理学」第14回の講義を始めます。
いよいよ本カリキュラムの最終回です。これまでは「脳(中枢神経系)」を中心に学んできましたが、最後を締めくくるテーマは**「自律神経の生理計測」**です。私たちの体が、心の動き(情動やストレス)に合わせてどのように変化し、それをどうやって測定するのかを解説します。
1. 自律神経系と情動
自律神経系は、私たちの意思とは無関係に、内臓や血管の働きを調節しています。
- 交感神経(Sympathetic Nervous System): 「闘争か逃走か(Fight or Flight)」の神経。ストレスや興奮時に活性化し、心拍数を上げ、発汗を促します。
- 副交感神経(Parasympathetic Nervous System): 「休息と消化(Rest and Digest)」の神経。リラックス時に優位になり、体を回復モードへと導きます。
情動が生じるとき、これらのバランスが変化します。これを計測することで、主観的な報告(アンケートなど)だけでは見えない「心の揺れ」を客観的に捉えることができます。
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2. 代表的な計測指標
講義資料で挙げられている、主要な3つの指標を見ていきましょう。
① 心拍変動(HRV: Heart Rate Variability)
単なる心拍数だけでなく、拍動と拍動の間隔(R-R間隔)の「ゆらぎ」を分析します。
- ゆらぎが大きい:自律神経が柔軟に働き、リラックスしている状態。
- ゆらぎが小さい:ストレスがかかり、自律神経の余裕がなくなっている状態。
② 皮膚伝導活動(SCA: Skin Conductance Activity)
「手に汗を握る」という現象を電気的に捉えたものです。精神性発汗と呼ばれ、驚きや恐怖、興味などの感情的な興奮(アローザル)に非常に敏感に反応します。
- SCR(皮膚伝導反応):特定の刺激(大きな音、衝撃的な画像など)に対して一時的に生じる反応です。
③ 瞳孔径(Pupil Diameter)
瞳孔は光の量(対光反射)だけでなく、心理的な負荷や興味によっても変化します。
- 散大(広がる):交感神経が優位になり、強い関心や驚き、認知的な負荷(難しい計算など)がかかっている状態。
- 収縮(狭まる):副交感神経が優位なリラックス状態。
3. 生理計測の留意点(アーチファクト)
生理指標は非常に繊細です。純粋な「心の反応」だけを測るためには、以下のノイズ(不純物)を考慮する必要があります。
- 物理的要因:部屋の温度、照明の明るさ、姿勢の変化。
- 身体的要因:深い呼吸、咳、体の動き、カフェインの摂取。 これらは自律神経に直接影響を与えるため、実験環境を一定に保つことが不可欠です。
4. まとめ:中枢と末梢のネットワーク
全14回の講義を通じて、以下のつながりが見えてきたはずです。
- 中枢(脳):情報を処理し、情動を生み出し、指令を出す。
- 末梢(自律神経):指令を受けて、心拍や発汗など体の状態を変える。
- フィードバック:体の変化が再び脳に伝わり、「私は今ドキドキしているから、この人が好きなんだ(あるいは怖いんだ)」といった主観的な感情を形作る。
本日の確認クイズ
【問題】驚きや恐怖を感じた際、一時的に手のひらの発汗が増え、皮膚の電気抵抗が変化する現象を何と呼ぶでしょうか?
- 視覚誘発電位
- 皮膚伝導反応(SCR)
- 筋電図
- 跳躍伝導
(正解:2。情動的な興奮を測る代表的な指標です。)
最後に
全14回にわたる講義、大変お疲れ様でした。 この講義では、目に見えない「こころ」という現象を、脳の構造、神経の伝達、計測技術という具体的な「科学の言葉」で読み解いてきました。皆さんが今後、自分自身や他者の行動を考える際、この「脳と体の視点」が少しでもお役に立てれば幸いです。


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