右大腿骨が疲労骨折
さっそくだが。
梅雨明け前の肌寒い初夏、俺の右大腿骨くんは疲労骨折した。
この記事では、同じ轍を踏まぬように反省と、自分の考えを整理するために、疲労骨折に至るまでの経緯と今後の方針について検討する。
ついでに、今後同じように疲労骨折する人を減らす一助になればなお良い。
現状報告
経緯の前に、とりあえず今の脚の状態を整理しようと思う。
この文を書いているのは7/5の夕方だが、歩くのも痛い状態である。
といっても、痛みの度合いは強くない。足の接地のタイミングで太ももの中心に響くような弱い痛みがある。
座っているときはもちろん、ただ立っているだけでも痛みはない。
とはいえ、やはり歩くたびというのはなかなかストレス。もちろん走るのはもっての外なので、バスや電車がぎりぎりのときは困る。
また、トレーニング面における弊害は想像以上に大きい。
走れない以上それ以外の動きで肉体を鍛えるわけだが、大腿骨ともなるとエアロバイクなどもできず、補強も脚を動かす(あるいは脚に力がはいる)ものは基本的に禁止となる。
もちろん、治療が進むにつれてできる種目も増えてくるが、現状はできることが本当に限られてくる。
下半身の補強は言わずもがな、腹筋にしても足を動かすレッグレイズやねじりの動きのあるツイスト、力の入ってしまうプランクすらもできない。
怪我をしながらもやる気は十分だが、そもそもできることが少ないというのが非常につらい。
といった感じで、今は基本的に治療に専念し、できることを模索している。
思ったより愚痴っぽくなってしまっているが、それも含めてこの記事の意義だと考え続きを書く。
今後の方針については、またあとで検討する。
経緯
①きっかけと違和感
遡ること2週間前、6月23日のことである。
近日に迫った400mのレースのため、150+200+250+200+150の高出力ピラミッド走を行った。
この日はまったく問題なく、両前ももに強い筋肉痛がのこった程度だった。
ところがどっこい。この筋肉痛がなかなか消えてくれず、週末まで引きずっていた。
ただ、これもまだまだいつも通り。スプリント練習の後は決まって前ももの筋肉痛が長引いてからだ。
しかしながら。それにしても長く、ようやっと引き始めた頃、右の前ももには違和感が残っていた。
②400TTはキャンセル。でも走る。
土曜日の午後、日曜日の午前と違和感は続き、日曜日の午後に予定されていた400mのタイムトライアルはキャンセルした。
といっても、スパイクを履いて全力で走ることをキャンセルしただけで、そこそこのスピードで走った。
結果は54.32。
なにしろ、違和感は微々たるものであり、この週末はTTのためにポイント練習をしていなかった。
スパイクこそ控えたものの、まったく走らないという勇気はでなかったという話。
③VSヤブ医者。無念の誤診。
運命の分岐点、6/29の月曜日がやってきた。
この日の俺は至福の半休を生贄に捧げ、違和感の正体を見極めるべく最寄りの整形外科へと向かっていた。
当時はまだ弱い違和感程度だったが、念のため練習を継続してよいか判断を仰ぐためMRIの撮影を依頼した。
担当の先生は幼少期からお世話になっていたかかりつけ医の院長。
出会いは小学2年生、ドッヂボールで指の骨にヒビを入れた頃からのパトロンである。
積み重ねた信頼はミルフィーユのごとく厚かった。
この時までは。
撮影したMRIから下された診断は「神経痛」。つまり筋肉や骨に異常はなく、練習は継続してよいとのことだった。
どっこい安心した俺は、翌日、泣く子も黙るポイント練習に身を投じることになる。
④めっちゃ練習する。バカすぎる。
骨にも筋肉にも異常がないと診断され、ストレッチやマッサージを入念に行えば自然と違和感も無くなると考えていた俺。
次の日には安心しきって(150+200+150)×3というショートスプリントメニューをこなした。
週末に400mのレースがあり、高出力の練習だった。アップ時に多少の違和感はあったものの、やはり痛みと呼べるものではなく、練習中や練習後は特に何も感じず、この日を終えた。
次の日の朝も大した問題なく、午後にはさらに練習を重ねた。
メニューは(200+800×4)×2という最近俺の中でトレンドとなっているショートクルーズインターバル。
仲間内では「LTごっこ」と揶揄されているが、返す言葉がなくて困っているので助けてほしい。
この練習中、ついに違和感から痛みを感じることになる。ただ、それも走り出しだけであり、しばらくすると消えてなくなるので無視。
その結果、練習後には鋭い痛みを感じ、予定していたタバタトレーニングを投げ捨て、逃げ帰るようにその場をあとにした。
⑤涙の接骨院。
翌日、痛みは引いており、例の違和感だけが幅を利かせていた。
とりあえず1.2限に顔を出し、その日は地元の接骨院に向かった。この時の俺はまだかかりつけ医の診断を信じており、「神経痛」のもとを断つべく、筋肉をほぐしてもらうことにしたのだ。
※神経痛は筋肉が硬くなって神経を圧迫することで起こる。
地元の接骨院ではムキムキのお兄さんたちに揉まれるのだが、筋肉が固まりに固まっていた俺はがっつりほぐされた。
今考えると疲労骨折していたからだと思うが、その日は特にゴリゴリほぐされたこともあり、むせび泣くほど痛かった。
ちょっと涙出た。
⑥VSヤブ医者。雪辱の再診。
この週は日曜日に400mのレースを控えていたこともあり、万が一神経痛ではない可能性を考えてもう一度整形外科に顔を出した。
診察室では、違和感がなくならないことや痛みに変わったことなどを伝え、疲労骨折の不安も伝えたうえで先日のMRIの結果をもう一度診てもらった。
すると……
院長「あーこれ。骨に炎症出てるねー。」
俺っち「!?!?!?!?!?!?」
念のためもう一度書くが、これは月曜日のMRIの結果を診てもらっての再診断である。
MRI撮影後にがっつり練習しているため、この日にとったMRIに炎症が写っているのであれば納得できるのだが、これでは納得できない。
もちろん納得できないからと言って何か口答えするわけはない。ただ、内心は穏やかでなかった。
なにしろ月曜日の時点で神経痛だから練習してよいと言われたのだ、実際次の日にはがっつりポイント練習をしている。
言わずもがな悪化しているだろうし、月曜日の時点で骨内部および骨膜の炎症が分かっていれば安静にして早期の完治が望めただろう。
俺の落ち度
ここまで、あたかも自分に責任が無いように書いてきたが、残念ながら俺の落ち度は星の数ほどある。
ここでは、自戒の意味も込めて反省点を上げようと思う泣
①そもそも、疲労骨折自体はもちろん俺のせい
宿敵である院長はあくまでとどめの一助になっただけ。診断を受ける前からも違和感を無視して走っていたり、走行距離をいきなり伸ばすなどの無茶をしていた俺である。
特に急激な走行距離の増加は怪我のリスクを非常に高める。そんなこと百も承知のはずだが、関東インカレ後の悔しさに身を任せて距離を増やしてしまった。


一般的に、怪我のリスクを減らすためには前週比+10%が上限とされているところ、見事+77.7%の出血サービス。ついでにトリプルセブンという皮肉で笑えない。
といった感じで、よくよく考えれば自分で怪我の可能性を高めており、よくよく考えなくても俺が悪い。
②誤診のタイミング
最初の診断(誤診)の際、少しでも俺の頭に疲労骨折の可能性が考えられており、一言「疲労骨折とかではなさそうですか?」と聞けていれば結果は変わっただろう。
もちろん院長にも責任はあるし、一番大事な骨髄の炎症を見逃したことは擁護できないが、こちらの一言で防ぐことのできたミスというのも事実。
医者も医者である前に人間なのだ。
どうしてあのとき疲労骨折の可能性を考えられなかったのか、なかなかに悔やまれる。
今後診察を受ける際の教訓にしたい。
なお、院長のしぼりかすのような名誉のために書いておくが、彼は骨の異常ではなく筋肉の異常(隠れ肉離れなど)を疑い、筋肉に焦点を当てていた。
③神経痛とはいえ練習しすぎ
神経痛なので練習してもよいと言われたとはいえ、翌日に(150+200+150)×3はやりすぎた。
今ほど自分の勤勉さを呪ったことはない。
そもそも神経痛も悪化すれば長期離脱につながりかねないのだ。練習してよいとはいえ限度というものがある。
もう少し強度を調整できていれば、少なくとも今よりは軽症で済んでいただろう。
がんばりすぎだぞ☆
今後の方針
さて。やってしまったものは仕方ない。
反省はするとしても大事なのはこれから。バイト先の塾でも、生徒たちには「大事なのはテスト後だよ」と偉そうに言っている俺である。
先生、本気出しちゃうよ。
というわけで今後の方針について検討する。
①プールトレーニング
まず、しばらくの間は走れないどころかエアロバイクもできない、差し当たってこれまでやってきた有酸素トレーニングは軒並み禁止である。
そこで代替となるのはプールトレーニング。もちろんバタ足はできないので、脚にビート板を挟み、腕だけで行う。
このトレーニングでは、上半身の筋肉を程よく鍛えながら心拍にも刺激を入れることができ、非常に優れたリハビリになる。
昨日(7/7)3年ぶりにちゃんとした水泳を行ったが、思ったより泳げたので驚いた。やはり幼いころに身に着けたことは定着しているのだなあと。
ただ、この文章を書いている翌日(7/8)、筋肉痛がどこにも来ていないことが懸念点である。初日ということもありあまり追い込まなかったとはいえ、1時間近く脚を使わずに泳いだにもかかわらず腕にも背中にも筋肉痛が来ていない。
ということで。次回はもう少し大きく、さらにピッチを速めてみても良いかもしれない。
③上半身を鍛えぬく
ここまででも散々書いた通り、大腿骨を疲労骨折すると下半身の動きが大きく制限される。分かりやすいスクワットやランニングはもちろん、脚に力の入る腹筋やプランク等の体幹トレーニングも難しい。
とはいえ。できることだってたくさんある。俺の場合、脚が良くなるまでは以下の種目をもって、上半身を鍛えようと考えている。
・懸垂…主に広背筋や上半身の体幹がターゲット。下半身を完全に脱力しながら行うことができ、それでいて陸上競技で重要な腕振りに影響を与える部位を鍛えることができる。最強。
・ディップス…主に大胸筋下部、上腕三頭筋、三角筋前部がターゲット。こちらも下半身を脱力できる点で優秀。というか脱力できなければ採用しない。懸垂と同じく腕振りに影響を与える部位。懸垂よりも強い刺激なので、1セットにできる回数は限られる。

・背筋…主に脊柱起立筋や広背筋がターゲット。自重かつ器具を必要としないのが強み。わざわざジム等に行かずとも、自宅でも簡単にできる。無敵の人であれば道路や公園、最寄りの駅でも可能なのでおすすめ。
・腹筋…先ほど脚に力の入る腹筋はできないと書いたが、裏を返せば足に力の入らない腹筋はできる。今できる種目はクランチやドローイン。クランチと言っても脚を空中で固定するものはできず、できるのは足を地面に着けるものだ。
③タバタトレーニング
立命館大学、田畑教授が考案したタバタトレーニング。20秒の運動と10秒の休息を1セットとして、8セットで疲労困憊に至る運動のことだ。
これを今できる背筋種目で行う。背筋は「クロール・平泳ぎ・バタフライ」という種目で回す。
ただ、本来のタバタトレーニングとは異なり全身を使うことができないため、どうしても心拍は上がりづらい。そのくせ疲れてくるとフォームが崩れて大腿筋が働いてしまう可能性があるので、採用は慎重に行う。
翌日痛みが出るようであれば即中止のどきどきトレーニングだ。
問題点
先に紹介した今後行うトレーニングだが、致命的な問題点がある。
それは圧倒的な筋肉痛と部位の被りだ。これまで、懸垂はしていたものの、上半身の補強は蔑ろにしてた節がある。
それゆえ、トレーニング後2~3日は強い筋肉痛に襲われるのが現状。筋肉痛自体は嬉しいことなのだが、その間筋肉痛の部位を鍛えることができないのが難点。
通常であれば、そのような場合筋肉痛のない部位を鍛えればよいのだが、怪我で種目の選択肢を持ち合わせていない俺は終わり。
改善策を持ち合わせていない俺のとった行動がこちら⇓

「今は無理をしない」という分かりやすい文言を盾に2日間の休息をとり、プールトレーニングを挟んだ。
ほんとは7/6にプールトレーニングをしたかったが、俺の使用している地元の総合体育館が休館日だったので神回避。
ようやく筋肉痛の和らいだ本日(7/8)、上半身を鍛える試みである。
改善案(低クオリティ)
改善案として、積極的なプールトレーニングの採用や新たな種目の発見などが挙げられるが、プールトレーニングも鍛える部位が被っていることに変わりなく、後者に至っては見通しが立たない。
結局のところ、脚の回復を待つか、筋肉痛が長引かなくなるまで鍛え続けるしかないのかもしれない。
いい案があればぜひ教えてほしい。
悲観
陸上競技者として、なかなかTierの高い怪我をしたものの、そこまで悲観していないのが事実。
もちろん診断後すぐは落ち込んだし、歩くたびの痛みはストレス。ただ、治らない怪我ではないし、まだまだ俺の陸上キャリアの先は長い。
強いて言うなら、今年の全カレ標準切りチャレンジがぽしゃってしまったことだけが悔やまれる。
怪我そのものへのマイナスはそのくらい。
怪我の期間ライバルとの差はつくが、決して取り戻せないものではなく、なんならその期間上半身の鍛錬に関しては有意な差をつけられる。
今年の日本選手権100mで優勝した多田選手は、昨年4月に肉離れをしている。自分を多田選手と比べるほどおこがましくはないが、1,2か月の離脱を過大に悲観する必要はないという話だ。
ただし
ところがどすこい(;´∀`)
そんなポジティブメンな俺でも、ある種悲観していることがある。
それは今回の怪我が疲労骨折という点である。
例えば、先ほど書いた肉離れなどであれば、多くの場合怪我をした瞬間に問題がある。つまり原因の特定や予防がしやすい。たぶん。
ただ、疲労骨折は文字通り局所的な疲労が骨に悪影響を与えることになり、明確な原因の特定が難しい。
もちろん前半に挙げた距離の増加などは考えられるが、それでも6月は220km程度しか走っておらず、それ以上に走っていた冬季期間に問題が起きなかったことの説明ができない。

昨年の9月から10月は、今年の5月から6月よりも急激に距離が増えている。
走りの左右差やスピード練習の増加など、原因はいくらでも考えられるが、だからと言って全てに対応するのは現実的ではないし、練習の強度がひどく落ち込んでしまう。
つまり今回俺が悲観しているのは、怪我そのものというよりはむしろ、治った後の練習や再発についてである。
まとめ
かれこれ14年ほどスポーツをしてきて、最も重い怪我が今回のものかもしれない。
それだけに、ここまでで6000字以上書いたわけだが、想像以上に自分の現状や気持ちを整理することができてよかった。
書きたいことは上に書いたので、特にまとめることもなく、さっさと終わろうと思う。
みんなも怪我には気をつけましょう。
あと、気をつけてもするときはするので、怪我の期間を大事に使いましょう。
2026/7/8 6729字
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