前編はこちら
この記事は後編なので、まだ前編を読んでいない人はそちらから読んだほうがいいかも。
ただ、あえて後編から読みたいというド変態のあなたは無理に止めません。
下半期も書くぞ〜い
前回、2025年の1〜6月までを振り返った。
実は投稿した後に「あっ、あれ書き忘れてた」なんてことが頻発したわけだが、いちいち追加するのが面倒でほったらかしている。
後編ではそのような悲劇を起こさないよう丁寧に思い出しながら書こうと思う。
特に、単純な話1〜6月よりも7〜12月のほうが記憶に新しいので記述事項も多くなるだろう。
どうせ時間はかかることだろう。焦らずにカレンダーとにらめっこをしながら執筆する予定だ。
さて。下半期はどんな半年だったかな。
7月(前半)
カレンダーを見返す限り、イベント尽くしの7月。まず最初に訪れたのは「災害回避☆家族旅行」である。
知らない人が多いと思うが、実は2025年の7月5日は大地震とそれに伴う津波が発生するという予言があったのだ。

そして、この予言を逆手に取って旅行を計画したのが我が家であった。津波が発生しても被害が及ばない場所として山梨県を設定し、久しぶりの家族旅行を楽しんだ。
つまるところ、家族で旅行をする理由が欲しかったらしい。
なお、俺はホテルの露天風呂でコクワガタと出会い、宿の方針に従って自然へと帰した。


7/4〜5の一泊二日だったが、5日は午後から部活があったためそのまま新座へと向かった。
しかも次の日には明立戦(明治大学vs立教大学の対校戦)が行われ、俺は男子対校800mに出場した。
結果としては1:55.36で優勝という、申し分がどこにも見つからないものであった。
見事関東新人の標準を切り、競技後は例のごとく熱中症で倒れたが、献身的なサポートで回復した後、有頂天のまま同期とお風呂の王様で疲れを癒した。
なお、この次の日は俺の誕生日であり、我ながら良いプレゼントになった思う。
そして、標準を切ったらご褒美に買おうと考えていたGarminも購入した。というのも、これまで使っていたモデルは2019年発売のものであり、さらにそれを中古で購入していた。

高校3年の夏から使用していたが、時計本体とベルトの接合部分をアロンアルファで接着している限界仕様だっため買い替えを検討していたのだ。
ただ、このアロンアルファがあまりにも優秀でなかなか壊れてくれなかった。つまるところ買い替えの理由を探していたという話である。
購入したのはこちら。

見た目は変わらないが発売日は2023年となっている。なお、数字の横にあるSはサイズを意味しており、通常の265より一回り小さいコンパクトモデルを購入した。
腕の細さや軽量性を鑑みた結果であり、決して少し安かったからなどという理由ではない(断じて)
7月(後半)
長くなってきたのでそろそろ次の話へと移るが、誕生日から次のイベントまでは少し間が空き、日付は7/21となる。
この日、朝早くから母校へと集合した俺は、バスに揺られるまま長野県は信濃町へと到着していた。
何を隠そう。母校の陸上部が開催する夏合宿に参加していたのだ。大学の部活動がテスト期間で休みであり、強制的に走る場所を求めていた俺にはもってこいの機会を逃す手はなかった。
OBOGが参加することは珍しいことではなく、俺の他にも合計で10人弱が参加していた。ただし、全日程参加の人はほとんどおらず、かくいう俺もテストの関係で2日目の午前練習を終え次第新幹線で帰宅した。
OBOGに課せられた、高校生の練習日誌にコメントを残すという仕事が25時過ぎまでかかったこともあり、俺自身の練習は順風満帆とはいかなかったが、それでも楽しかったので俺ニッコリという話だ。
今年も参加できることを願いながら履修登録を行うとしよう。
合宿から帰った次の日には大学のテストを受け、その次の日の夜行バスで広島へと向かった。
というのも。この年、母校からインターハイ選手が輩出され、その開催地が広島だったのだ。
そしてインターハイに出場した後輩の種目が5000m競歩であり、何を隠そうこの種目は俺が高校時代に専門としていたなのだ。
高校3年当時、関東大会出場(☆東京都☆2位☆ ⇐ここ重要)を限界とし、インターハイを逃した俺。叶わなかった夢の続きを見るべく、応援サポートに駆けつけたという話である。
欲を言えば自分が出場したかったが、このような形でもインターハイに関わることができるのは喜ばしいことだった。
その後29日に帰宅した俺は翌日に鬼滅の映画を観に行き、てんこ盛りの7月に終わりを告げた。
長くなりそう
7月が思ったより長くなってしまい、幸先が悪い上に12月まであると考えるとお先真っ暗である。
しかしながら、ここまで来た以上進むしかない。
というわけで8月。れっつごー
8月
8月最初のイベントは競技会だ。それも1日に2本。
午前中に日大で400m、午後は田園記録会で800mという鬼仕様である。

絶対に間違えない俺のチャッピーも言っているように非常に苦しい2種目を走ったわけだが、結果は比較的惨憺たるものだった。
怪我明けという一抹の言い訳はあったものの、それにしても微妙なタイムだった。2本目を終えた時点では、日中の暑さも相まって身体はかつてないほど疲弊していたが、その後温泉に行くことでかろうじて回復した。
その後温泉でゆったりしすぎて終電を逃しかけた話はしない。
この翌週、本番になってきた暑さに嫌気が差してきた俺は大阪にいた。というのも、大阪公立大学にて中長距離に焦点を当てた陸上のイベントがあったのだ。
部員の数名で参加し、新しい知識や良い刺激をもらった。気がする。実際に何を学んだのかと聞かれれば言葉に詰まるが。
また、その翌日には大阪万博に乗り込んでいた。万博自体に興味があったわけではない。ただ、せっかく大阪にいるかつ一生に1回のイベントだと考えれば妥当な選択だった。

パビリオンの予約などしていなかったのでぐだぐだではあったが、それなりに記憶に残る時間になり俺ニッコリ。次回の調布万博に向けて長生きすることを決断した。
この大阪旅行にて、何気に初飲酒を達成していた俺だった。
なお。夜行バスで東京に帰った翌日の夜にも大学の友人と宅飲みし、ちゃんと酔うというトロフィーを獲得した。
そして、8月最大のイベントはその翌々週。陸上部の夏合宿だ。5泊6日という果てしないというか果て死ある期間、鬼のように走り回った。
その話をまとめたのが以下。
いろいろあったが、初めて満足に走れた合宿だったこともあり、きつかったものの非常に有意義で収穫のある6日間という感想をまとめたものである。
9月
8月末に合宿を終え、9月頭は少しリフレッシュの時間にした。
1週目は高校時代の部活仲間と栃木、2週目は学部の友人と軽井沢に出かけた。
後者に関しては旅行記として記事を残しているので、よかったら読んであげてほしい。
どちらも違う楽しみがあって非常に満足。遅ればせながら、ようやく夏休みらしいことをした2週間となった。
ただ、息つく暇なく陸上のイベントがやってきた。「関東新人」である。俺にとってこの年最大の大会で、1年生から目標にしてきたものでもあった。
ところがどっこい。ふたを開けてみるとひどいもので、見るも無惨な結果だった。長いこと目標にしていただけショックは大きかったが、以降の圧倒的なモチベーションになっという意味で大きな収穫もあった。
この希望と絶望の関東新人に関しても記事を書いている。
なお、9月は他にも世界陸上の観戦などのイベントがあり、夏休みを満喫しながらも陸上の熱を上げる期間となった。
10月以降は次の記事で
本当に申し訳ない。もともと前回の記事で1月から12月まで書き切る予定が前後編に分かれたにもかかわらず、あまつさえ後編を二つに分けるという所業になってしまった。
これは俺の作業スピードが遅いことや、7月から12月まで書くとひと記事あたりの文章量が多くなってしまうことが原因である。
ちまちま書き進めていたはいたものの、11月に差し掛かったタイミングで、「時間かかりすぎだろ」となってしまった。
2月に一本も投稿できないのは、あまりにもサイトの運営費がもったいないのではないかという、至極真っ当な意見が全国各地から聞こえてきたのだ。
というわけで。とりあえず書き終わっていた7〜9月までを一つの記事にすることで事なきを得ようと思う。
10月以降は近いうちに投稿する予定。なにせ既に11月中盤までは書き終わっている。
すぐ終わる。はず…
2026/2/27 5223字
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