前回

もう3月なんだけど…
前回に引き続き、2025年の振り返りをしていく。もう3月だけど。
毎日投稿をしていた一昨年の自分が懐かしく感じるほどの執筆スピードではあるが、これは簿記の勉強しているという言い訳で徹底抗戦しようと思う。
簿記については、2級に受かり次第記事にするつもりだが、一生合格しない可能性もあるので悪しからず。
現在、4月中旬から下旬の合格を目処に学習している。
ここで報告することで、パブリック・コミットメント効果を引き出して頑張ろうという魂胆である。

前置き兼勉強アピールを済ませたところで、ぼちぼち本編に進んでみよう。
10月
9月で陸上熱が上がり、気温は下がってきた10月。記録の出やすいことは火を見るより明らかだったが、実際に出てくれた。
ひとまず関東インカレの標準を切ることはできたが、目標としていたA標準には届かず、同じ組で走っていた後輩に叩きのめされたので納得感は薄かった。
とはいえ、4月にシーズンインしてから目標とする標準をきっちり2つとも切り刻んだ自分を褒める気持ちも強かったので許した。
この時の俺はまだ知らないが、2025年の800レースはこれが最後となる。本格的に800mという種目を始めてから2年目の年だったが、2分から2.77秒縮めた1年目と比較しても、1:57.23から1:54.81という順調な伸びだったのでないだろうか。
そして次の週には初めて走る「4×800m」という謎種目がやってきた。例年関東新人に登録されているこの種目だが、今年はその存在が見事に抹消され、その代わりに10/19に行われたMDCという競技会に参加したという話である。
俺のラップタイムは1:56.04という、なんとも言えない微妙さ。目標の最低ノルマは達成し、仲間の活躍もあって立教記録を更新することができた。
マイナー種目かつ仲間のおかげとはいえ、ひとつでも立教記録をもらえたのは素直にうれしかった思い出だ。
そのまた次の週にもレースが行われた。それも大阪で(倒置法)
大会の名前は「同立戦」。ちなみに正式名称は【第90回立教 大学対同志社大学定期陸上競技戦 第24回立教大学対同志社大学女子対校陸上競技大会】である。名前長すぎ。
レースでは1年半ぶりに1500mを走り、4’08″43というなんとも言えないタイムでフィニッシュした。

元々のPB(自己ベスト)が高校時代に出した4’18″70だったので、大幅に伸びたなんとなくの嬉しさに騙されそうになったが、800mのPBから考えると遅かった。
陸上の記録を点数化するスコアリングテーブルというものを使うと、実際に1500mの弱さが見えてくる。


正直、身体の性能だけ見れば4’00〜05くらいは出てしかるべきなのだが、如何せん心で負けているので論ずるに値しない。
普段走っている800mの倍近い距離に怖気づいていた時点で弱かったという結論。
来シーズンも1回くらいは走ると思うが、是非積極的に4分切りを目指したい。というか出すべきである。
同立戦後はそのまま、大阪アカデミアというホテルで宿泊した。ただ、このホテルが変わっており、4人で1万6000円という破格。

Google評価★3のことを三ツ星という無理やりさは如何ともしがたいが、外装は意外とちゃんとしている。

ただ、部屋はこんな感じの最低限。さすがに一人4000円なので仕方がない。金を払っていないので文句は言えない。
予約サイトには「ベットにガビが生えている」というおぞましい画像付きレビューが乗っていたが、幸い我々の部屋に異常は見られなかった。
じゃんけんに負けた俺は上のベットを使うことになった。天井が近すぎて起き上がるのに難儀した記憶は新しい。
ちなみに、このとき一緒に宿泊したのは中距離パート同期の4人である。幻のメンバー2人を除き、部活中以外で全員が一堂に会する珍しいシチュエーションだった。
今年の春休みに予定していた旅行がポシャったこともあり、この大阪での宿泊がおそらく最初で最後になるだろう。
寂しいものだなあ。
翌朝、ねぼすけ2人を置いて朝練のジョグに出発した俺ともう1人は、夜明け前に街灯のない謎の公園を走り抜けた。

その後は人生初のUSJだったが、非常に楽しかっただけに、それ以上の感想がない。特にハプニングもなく、順当に楽しんだ。
やっぱり辛くて変な思い出のほうが心に刻み込まれて書くこともあるようだ。
とはいえ何もなしでは寂しいので、いくつか画像を貼ることで供養する。




新エリアのアトラクションに並んだこともあり、だいぶ時間は遅くなってしまったが、帰りに食べた町田商店が過去1うまかったので許した。
家系ラーメンをかっ食らった我々4人は、そのまま仲良く夜行バスで東京へと帰郷するのであった…
めでたしめでたし。
10月はここで終わるかと思ったが、最終日になかなかワクワクするイベントが残っていた。
それが映画鑑賞だ。
それもラインナップが神がかっている。


どちらも好きな作品だったが、上映していた時期が30年前(どちらも1997年の作品)ということもあり、総じて劇場で観たことはなかった。
1日に二本観る贅沢ぶりを発揮し、非常に満足度の高い1日となった。
陸上関係はもちろん、趣味の分野でもニコニコな月だった。
11月
盛りだくさんの10月と比べ、11月は控えめ。というのも、800mのレースは10月でシーズンアウトしたのだ。
元々は11月も1本走る予定だったが、狙っていた競技会が開催されないとのこと。他の競技会は下旬にあったが、気温の低さを考えて手を引いた。
逆に言えば冬季練習を繰り上げてスタートさせたとも表現できる。
そんな11月の最初のイベントは『審☆判☆講☆習』だった。
簡単に言えば審判になるための武者修行である。座学の講習はこの年の3月に受けており、あとは実技講習を1年以内に4回行うわけだが、俺はこの11月まで一度も受けていなかった。
怠惰と言われればそれまでだが、言い訳がてら以下に理由を述べておく。
①暑さに弱い(涼しいあるいは寒い時期に受けたい)
②関東新人・関東インカレの標準切りまでは競技に集中したい
それぞれ見ていこう。
①暑さに弱い(涼しいあるいは寒い時期に受けたい)
2年連続熱中症になっている俺。昔から暑さには弱いので、下手したら一日中炎天下にさらされる夏の実技講習は避けたかった。
夏に受講しようが秋から来春にかけて受講しようが何も変わらないのであれば、夏には受けたくないのが道理だろう。
もちろん冬になれば寒くなるが、暑いより寒いほうが圧倒的に好きなので問題ない。
②関東新人までは競技に集中したい
見出しそのままである。
ここまで詳しい説明は省いてきたが、「実技講習」というのは、いわゆる陸上の競技会のボランティアのようなものである。
つまるところ、標準切りのかかったシーズン真っ盛りの週末に1日かけてボランティアをしなくてはいけない。
このボランティアは仕方ないとして、最低でも練習、下手をすれば出たい競技会と講習の日程が被ることもある。
であれば、この年最大の目標となる関東新人までは競技に集中したかった。そうでないと、なんのために陸上をやっているのか分からなくなってしまうのだ。
そんなこんなで11月まで何もしてこなかったが、目標としてた関東インカレの標準を切り、シーズンアウトしたこともあって動き出した。
さっそく11/1と11/9に2週連続で実技講習を行い、残すところ2回となる。もちろんこの後も審判講習はあるのだが、その話はまた今度にしようと思う。
11月のイベントは審判講習という負の極限のようなものから始まったものの、2つ目のイベントは仙台旅行という嬉しいものが待ち受けていた。

俺にとって紅葉は一年の楽しみの一つであり、一昨年(2024年)は高尾山で、この年は宮城県の鳴子峡という峡谷で満喫した。
タイミングもばっちりで、俺史上と表現しても過言にはならないほどの紅葉を楽しむことができた。

仙台に行ったら食わないと怒られる牛タンをとりあえず食った。おいしかったけど、ぶっちゃけカルビのほうがうまい。
まだまだガキ舌の俺である。

普通の海鮮。日本三景の一つ、松島で食った。

何気に人生初の牡蠣。美味しかった。
ただ、このときはひどい空腹だったのでバフあり。お腹の減ってるときにこの見た目の揚げ物が不味いわけない。

ふらっと立ち寄った神社のずるいお守り。「今年もうまくいく御守り」1月に見つけいたら、買ってたかもしれない…
この旅行では、死ぬまでには食べたいと思っていた牛タンを食べることに成功した上、2日間300kmを運転したことが大きかった。
この2日間のおかげで車の運転に対する恐怖心がごっそりと抜け、少し自信がついた。
ありがとう仙台。来世でまた会おう。
旅行から帰った次の週には月1エヴァの映画を鑑賞しニコニコ、さらに次の週にはインフルエンザという激鬱イベントに曝された。
出席停止期間は17(月)〜21(金)の5日間(16日発症)。見事に平日の授業を全てひねり潰し、オンラインで受けられたもの以外は欠席となった。
もちろん欠席扱いを回避できる手続きはあるのだが、申請に期限(登校許可日から7日間)があることを失念していた俺は、無事欠席野郎に成り下がった。
非常にくそったれである。出席停止の証拠があるのに7日間しか待ってくれないことに憤りを感じないわけではなかったが、前もって確認していなかった俺が悪いのだ。
しょうがなく泣く泣く泣き寝入りすることにした。
正直、授業の欠席など大した問題ではない。
どちらかというと陸上面だ。10月でシーズンアウトしたこともあり、冬季練習を早めに始めたアドバンテージは、見事に塵芥と化した。
特に、1回目の診断でインフルエンザが陰性と出てしまい、特効薬であるゾフルーザをもらえなかったのが大きかった。

40度の高熱が3日間続くという絶望のハットトリック、ろくに眠れないのが一番つらかった思い出だ。

そんなこんなで見事に体力を削り、シャバに出たあとはゆっくりのジョグから開始した俺であった。
唯一良かったのは、進撃の巨人を1話から最終話まで一気見できたこと。インフル後半という簡易版天国をすべて費やし、溢れ出んばかりの欲望のままdアニメストアにかじりついた。
あの時だけは楽しかった。ただし、もう2度とインフルエンザには掛からないと誓った。
そんな11月だった。
12月
去年の大晦日から書き始めた2025年の振り返りだが、ようやっと12月までたどり着いた。ラストスパートなんてものをかけていきたい。
師走なんて表現もされるこの月ではあるものの、正直上旬は特にこれといったイベントはなく、強いていうなれば毎月恒例のエヴァンゲリオンの映画を見たくらいだ。
そして、最初に訪れたビックイベントは「クリスマスパーティー」
普段の俺のくらい日常とはかけ離れた、なんと煌びやかな響きだろうか。昨年はやむを得ない事情で欠席することになってしまったクリパだったが、この年は参加することができた。

メンバーは陸上部の中距離パート。各々2000円分のプレゼントと、分担された食事を持ち寄って集まった。
とても楽しく、参加できなかった昨年を非常に悔やまれた。今年もあるかは分からないが、参加できることを切に願う。
次のイベントは「奥多摩ドライブ+スイーツパラダイス」という、あまり混ぜるイメージのない遊びである。
11月の仙台旅行で運転の楽しさを知った俺は、飽きもせずドライブを計画していた。
その行き先として選ばれたのが奥多摩であり、なぜかと聞かれればなんとなくだ。
近くもなく遠くもないほどよい距離で、奥多摩湖や日原鍾乳洞などの自然が豊かな土地というのが惹かれた理由ではある。


鍾乳洞という謎スポットに訪れるのは久しぶり、もしくは初めての経験だったが、チープなライトアップ以外はわくわくする仕上がりだった。
なぜカラフルに光らせてしまったのか、それだけが悔やまれるが、それはそれで面白かったので俺ニッコリ。
なお奥多摩湖周辺を車で回ったが、写真はその一切を撮っていなかった。ので割愛する。
続いて向かったのは「スイーツパラダイス 町田モディ店」
奥多摩からは少し離れていたが、最も近いのが町田だったので仕方がない。

実は去年(2024年)の12月にも、同じ友人とスイパラに行っていた。

2度と行かないと誓ったこの時だったが、極端に辛いことは忘れるようにできている人間の脳みそのせいで、今年も行くことになってしまった。
言うまでもなく苦しい思いをしたが、それ以上に周りがキラキラした高校生や子連ればかりということに何とも言えない気持ちになった。
去年、「フルパラコース」という最上級のコースで絶望していた経験を活かし、今回は一般的な「スペシャルコース」を選択した。


もちろんフルーツも魅力的だが、あくまでスイーツのパラダイスであることを念頭に選択した今年は英断だった。
何事も経験が大切だと、スイパラから教わった我々である。ただ、先ほど書いた通り散々苦しみ、もう2度と行かないと心に誓った(1年ぶり2度目)

この2日後の12/20、俺が向かったのは神奈川県藤沢市。そう、江の島だった。
もちろん海水浴やサーフィン目的、ではなく陸上関係である。いわゆる砂浜練習といったもので、母校の活動に参加させてもらい、普段はできない有意義なトレーニングを行うことができた。
さらに。OBとして行ったにも関わらず、俺よりも年上の先輩がいたおかげで昼ごはんを奢っていただくことに。

練習内容も相まって、非常に満足度の高い1日となった。
この翌々日、年末という言葉が板についてきた12/22。母校の陸上部男子による忘年会が開催された。
去年も開催されていたものの、全員がお酒を飲める初めての集まりがこの日だった。
池袋のおすすめ屋で食べ飲み放題をしたが、ネギトロ丼が美味しかった思い出しか残っていない。
このメンバーで、2026年も無事に忘年できることを望む。
さらにこの日の翌々日、夜行バスに乗った俺は広島へと向かっていた。3泊4日の旅行だった。が、諸事情により省く。
気にしないでくれ泣
そんなこんなで東京に帰ってきた翌日の12/29。この年最後のイベントは「坂☆ダッシュ」だった。
一昨年同様、稲城市の川崎街道沿いの坂を使い(200+100)×6という鬼のようなメニューを行った。
有酸素ベースの練習が多くなる冬季において、たまにやる出力・乳酸系の恐ろしいことはこの上ない。
無事ぶっ倒れたが、練習後の温泉とサウナでイエスさながら奇跡の復活を遂げた。これも一昨年同様である。
今年も怪我なくこの練習を迎えることができているだろうか。まださすがに先の話だとは思っているが、近年の相対年月経過スピードは侮れない。
きっと、気づいた時には年末なのだろう。
既に3月は中旬。もう2週間もすれば、2026年の25%が終わったことになる。
まったく早すぎて困る。
というわけで。2025年の年末から書き始めた一年の振り返りもここらで終わろうと思う。
最後まで読んでくれた画面の前の美男美女のみんなへの感謝を持って締めようと思う。
終わりったら終わり!
まだイベント残ってた
ここからは、すべて書き終わって投稿しようと思った瞬間に書き忘れを発見した哀れな男の文章である。
それは12/31の大晦日のこと。なんと言っても一年の最終日であり、きっとおもしろ楽しいイベントが待ち受けていると想像したでしょう。
しかし残念。
やっぱり練習である。ただ、もちろん普通の練習をイベント扱いするつもりもなく「G-tec年末練習会」なるものに参加したのだ。
G-tecというのはとある陸上チームの名前であり、そこにツテのある後輩のおかげもあって練習会にお邪魔させていただいた。
部活のオフ期間は基本的に自主練で賄うわけだが、心が折れそうになるポイント練習などは一緒にやる人がほしい。
その結果が、この年末練習会への参加や前述の坂練習になる。この日は1600×3+300×4×2というボリューム満載メニューをなんとかこなし、息も絶え絶え帰宅。
疲れ果てた結果。大晦日にもかかわらず21時に爆睡をかました。

早寝早起きに特化しているだけで、決して睡眠の質がよいわけではないという悲しいバケモノな俺だが、やはり通常運転で2026年を始めたらしい。
今年もがんばるぞい。もう3月だけどね。
2026/3/11 8544字
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